高北謙一郎の「物語の種」

読み物としてお楽しみいただけるブログを目指して日々更新中。

自転車のお話

昨日せっかくさいたまクリテリウムの話題をあげたので、今日は自転車のお話を。

 

自転車は、ここ数年ずっと欲しがっている気がする。しかし、いつものごとくあれこれ理想とするイメージに近づけようと調べていくうちに、調べることに疲れてしまって、買えないままになっている。

 

だが、ふと思った。

それ以外にも理由があるのではないか、と。

 

今とは違って素直な若者だった頃の私にとって、自転車はひたすら走るための道具であった。構造なんて知らないし、パンクしたって直せない。サドルもハンドルも、ましてやサスペンションがどうこう、なんて気にもしていない。でも走る。楽しいから。それだけだった。

 

20代の前半、私は自転車に乗って海を目指した。ごくフツーの自転車で。

あれ? 昨日オマエはさいたま市在住って…そう、かの有名な海ナシ県、埼玉から千葉の海を目指して突っ走ったわけである。

まぁ実際はずっとさいたま市だったわけではなく当時は春日部市だったんだよ、とか話すとややこしくなるからその辺はすっ飛ばして、とにかく私は埼玉から海を求めてペダルを漕ぎ出したのであった。

 

夏。早朝4時スタート。片道およそ130キロ。究極の方向音痴である私は国道16号をひた走った。道がどうこう、なんてことも分からない。ただ漠然とした「方角」という基準から「海はあっちだ!」と。方向音痴にも関わらずだ。朝陽がまぶしかった。海は東にアリ! だから東に進む。それだけであった。

 

今にして思えば無謀もいいところだ。なにしろ私、前日の夜中にふと思いついて決行したのだから。そう、目的地にたどり着くかも分からない、というか単に海が見たいというだけの理由で走り始めているので、そもそも目的地が定まってない。海。それだけなのだ。

当然のことながら宿の予約なんてしていない。そもそも財布には数千円しかない(出発を決めてから貯金箱から引きずり出した)。

 

それでホントに着くの? そう疑問を抱くのも仕方がない。当たり前だ。

 

しかし、着いたのだ。

 

途中で道に迷ったりパンクして近くで洗車していたおじさんに直してもらったり(おじさんありがとう!)、暑さに負けて公園のベンチで休憩していた時はホームレスのおじさんに応援してもらったり…様々な困難を乗り越え、私は海にたどり着いた! 午後2時過ぎ。千葉県の九十九里浜に! 

 

だが…。

 

私にはもう、それを喜ぶ余裕はなかった。

体力的にも。精神的にも。

精魂尽き果てる、とはまさにこの時の私。

「海だ…」ポツリ呟くと、私はしばし呆然と立ち尽くした。ただ立ち尽くした。波の音だけが、静かに辺りを満たしていた。

 

それでも、いつまでも立ち尽くしているわけにはいかなかった。このままでは太陽に焼き殺される。動かなければ。

 

そして私は、おもむろに自転車に乗った。

乗って…

 

なんと家に帰るために再び走り出したのだ!

 

宿もない。金もない。海を楽しむ余裕もない。なら帰ろう、と…半ば放心状態だったからなのか、またしてもろくな考えもなく走り出したのだ。滞在時間およそ1時間弱。まさに急転直下の復路スタート。すでに出がらしすら残ってもないと言うのに…。

 

それでホントに帰れたの? そう疑問を抱くのも仕方がない。当たり前だ。

 

しかし、帰り着いたのだ!

 

夜中の2時。家を出発してから22時間。往復260キロ。私は家にたどり着いた。真夜中、家の駐車場にチャリを置いた私は、ひとり呟いたものだ。「着いた」と…。

 

その後4日間、私が寝込んだのは言うまでもない。

 

 

たぶんあの経験によって、私はヒトが一生分に乗る自転車の走行距離を走りきってしまったのだ。それが言い過ぎなら、ヒトが定年退職するまでに乗る自転車の走行距離を走りきってしまったのだ。だから今あれこれカスタマイズを夢みながら、いつまで経っても自転車を買えないのではないかと、そんな気がするのだ。

 

よってこれから先、私がもし自転車を買うとしたら、それは余生を楽しむための自転車、ということになる。私は自転車を乗るということに関してはすでに現役を引退しているのだから。

 

良いではないか。

 

ギヤも何もないシンプルな自転車に真鍮のベル、サドルは革。のんびりフラフラと走る。そのための自転車。

 

いつの日か、そんな自転車を手に入れることを夢見て、私は今日も妄想を膨らませるのであった。

 

めでたしめでたし。